地震直後の心理的パニックが一応おさまった時、一番の心配事は「マンションは、住居は、どうなるだろう」ということだったと、被災後三年三ヶ月をかけて「大破」に近い被害を受けたマンションを復興した当時の理事長の野口芳子さんは振り返る。Nさんの住戸は部屋中ひびわれだらけで、一番大きなひびわれは外まで突き抜けて屋外が丸見えの状態であった。玄関脇の柱にはX状の深いひびわれが入っているし、玄関ドアは力ずくでないと開かない。
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サッシも正常には閉まらない状態であった。朝日ヶ丘レックスマンションは東西方向に住戸が並ぶ棟と、南北方向に並ぶ二棟がエキスパンションジョイントでつながったコの字型の建物で、七階建て、一三九戸からなる。建設は一九七三年で、被災時は入居から二二年目であった。専有部分の被害も相当のものであったが、特に、東西方向に住戸が並ぶ南側の棟の一階の共用廊下まわりの柱の損傷が著しく、応急危険度判定は立入禁止を示す「赤紙」、罹災証明「全壊」、後になって実施した被災度区分判定は全体として「大破」に近い「中破」であった。